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【ムカツク有名人】その1 神山健治 対話がアニメを作り出す~ 監督 神山健治 ~ @NHKにんげんドキュメント

最近、ジャルジャルというお笑い芸人に注目している者です。
シュール系なので、万人受けは絶対しないとは思うんですが…。
ラーメンズみたいなタイプかも。


■NHK にんげんドキュメント 神山健治監督の現場ルポ
 番組は、神山監督の制作現場に1年2ヶ月にわたって密着。
 脚本家たちと山にこもり徹夜で議論する「脚本合宿」や、毎回10時間以上も続く「脚本会議」の中で物語が生まれる瞬間に立ち会い、日本アニメ界の気鋭・神山健治監督の魅力に迫る。


を弟が(途中からダケド)録画してくれていたので、録画してくれていた途中部分からのまとめ…というより、ココまで書くと書き起こし?(笑)


□■
□■ ハイライト
□■

 世界的に有名なアニメ監督、押井守。その押井に「つぶしておけばよかった」と言わせたアニメ監督が「神山健治」だ。
 “対話によるストーリー制作”、それが神山の特徴的な手法。大勢で揉み直す事が良いストーリーを生むのだという。
 「要は、○○なんじゃないですかね?」「こういう事なんじゃない?」神山の指摘・提案は非常に鋭い。周りのスタッフ、すなわちプロの人間でさえ、彼の指摘にはヤラレタという顔をしてしまう。
本番組は、神山監督のセンス、説得力、カリスマ性…すなわち、神山監督の魅力が非常に良く分かる番組だった。
 本日記は、そんな番組のレポートある。
--------------------------------------------------------




□■
□■ ダイジェスト
□■

●押井守と神山監督
スタッフ「押井塾時代の神山監督はどんな人でしたか?」
  押井「学級委員長って感じだった。一番まじめで宿題忘れない。」
スタッフ「今の神山監督についてどう思いますか?」
  押井「こんなに売れるとは思わなかった。もっと早い時期につぶしておけばよかった。」
  神山「光栄です。」
--------------------------------------------------------
 二人のやり取りを見ていると涙が出そうになった。
悔しさから来ているのか、うらやましさから来ているのか、よく分からないが、とりあえず泣きそうになった。



●脚本作り ~複数人での議論でたどり着く真実~
(複数人で脚本(ストーリー展開)について議論をしている)
神山  「要は、『ありがとう、バルサ』なんじゃないですかね?」 」
(聴いた瞬間に、「ヤラレタ」「ああ、そうだ~」という顔をする周りの脚本家。)
神山  「このマスで一番やらないといけないのは。」
脚本家 「ああそうだ…。」
(脚本家はお互い顔を見合わせる。)
神山  「『ありがとう。助けてくれてありがとう。』っていう言葉がね、自然に出ればこのお話は勝ちだなって思ってるのね。そこに行きたい。」
(やられたという感じでニヤリと笑いながら、うんうん。とうなずく脚本家。)
脚本家 「なぁるほど。うん。」
--------------------------------------------------------
 神山が何かを発言するたびに、周りの脚本家達全員が「やられた」という顔になる。それもあまりに完璧なので、笑いすら浮かぶほどだ。
そんな様子を見ていると「本当にこんな人と仕事がしてみたい」と強く思った。こんな神山監督と一緒に仕事ができる人達を本当に羨ましいと思った。



●脚本作り ~複数人での議論でたどり着く真実~ その2
(シナリオ中のキャラの心情について述べる神山)
神山  「『出てった方が、良いのではないか?』みたいな事を、思ってしまった。で、こっちからすれば、『思わせて悪かったね』と。『そんな事は思ってないんだよ。』と。チャグムを安心させたら、チャグムが心からそれに、『ありがとう』を言う。という話なんだよね。やっぱり。」
--------------------------------------------------------
 “やっぱり”という発言は、登場人物や設定が物語を作っているという意識から来ているのではないか。
人間は、自分が想像していた事が正しかった時に「やっぱり」という言葉を使う。「やっぱりそうだったか。」「やっぱり思っていた通りだ。」などだ。これは、自分が想像していた事が“正しかった時”に使われる。つまり、真実にたどり着いた時に使われる言葉なのだ。
 これを物語のストーリーを考えている時に当てはめれば、探していたストーリーが、真実と一致したときに使われる事になる。
つまり、物語には最初からストーリーが存在しており、打ち合わせをしていく中で、その真実のストーリーに一致したと感じているのではないかと思うのだ。



●『他人の為に懸命に頑張ること』 ~神山の仕事と精霊の守り人の共通テーマ~
神山  「よくスポーツ選手の話をするんだけど、自分のために最初はやってるんですよ。スポーツ選手にしても、剣豪にしてもね。自分のために剣の道を究めるっていうことをやり続けてるんだと思うんですよ。で、おそらく、その道を究めんとしていた…。ジグロは…。だけれども、ある時期から、自分のためだけでは、そのモチベーションが続かなくなることを知ったんだと思うんですよ。ジグロは。だからそれは、人のために振るうことでモチベーションが続くのだということを知ったの。絶対。だから、全てはそれは、他者の為、自分の為だけではない、っていうところに帰結していくんだと思う。この話は。」

(中略)

神山  「うーん…。ここがね…。この物語の結構肝になるところだと思うなぁ。自分でもたぶん一番やりたいところはココのような気がするんだよね…。」
(中空を真剣なまなざしで見つめる神山)
(真剣な顔でうなずく脚本家達)
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 何かを追求している人と言われると自分はすぐにイチローを思い出す。
「何かを究めようとする時、自分の為だけでは限界が来る」これが、今回の神山監督の思想だ。
しかし、自分は、それについてはまだ疑問を持っている。「多くの人は、何かを究めようとしても、自分の為だけでは限界が来る。しかし、一部の人は本当に自分の為だけに、もっと言うならば『究めるという行為の為に究めることができるのではないか』」というのが自分の現在の考え方だ。今後人生を歩んでいくうちに変わってくるかもしれないが。
 また、どーでも良い事かもしれないが、「他人の為にしか頑張れない」という事の代表は、部屋の片付けだと私は思っている(笑)

 複数人のスタッフと対話を重ねながら脚本を製作するというのは非常に面白いと感じた。
神山の言葉「やっぱり、一人の人間でね、だけが根をつめて書いてても、獲得できない、大勢でやっぱりそれを、もう一回揉み直すっていう事の良さっていうのは、やっぱりそこにあるなと、いうふうには思いますね。」というのは本当にその通りだと思う。
ゲームのシナリオや設定の打ち合わせもきっとこのように行われているのだろなと想像した。
神山監督のような魅力的な人とこういった仕事をしたいと強く感じた。



●まだいける!まだいける!!
アニメ監督、神山健治40歳。対話を重ね、物語に命を吹き込む日々が続く。
--------------------------------------------------------
 神山監督が40歳と聞いて、救われた気がした。
神山監督は見た目が若い。攻殻機動隊のアニメの頃に比べると髪の毛が薄くなった感じはあるが、まだまだ30台に見える。
最初は32、3歳かと思った。こんな32、3歳にはマジで敵わないなと思った。
しかし、40歳ならまだなんとかなるかもしれない。そんな意味で救われた気がした。
 単なる尊敬だけで終わらせたくない、そういう意味で神山監督も、ムカツク有名人だ。




□■
■□ 参考URL
□■

●精霊の守り人 公式サイト
 http://www.moribito.com/

●押井塾@BLOOD THE LAST VAMPIRE
 http://www.sonymusic.co.jp/Animation/blood/teamoshii/

●★究極映像研究所★
 このサイトから上の押井塾についての記事を知りました。
ありがとうございます。
 http://bp.cocolog-nifty.com/bp/2007/01/_kamiyama_2968.html

--------------------------------------------------------
□■
□■ 本編
□■

●神山監督とは
 アニメ監督。
 「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」で有名な押井守の主催する押井塾の塾生であり、DVD版の攻殻機動隊の監督を務めた。


●押井守と神山監督
スタッフ「押井塾時代の神山監督はどんな人でしたか?」
  押井「学級委員長って感じだった。一番まじめで宿題忘れない。」
スタッフ「今の神山監督についてどう思いますか?」
  押井「こんなに売れるとは思わなかった。もっと早い時期につぶしておけばよかった。」
  神山「光栄です。」
--------------------------------------------------------
 二人のやり取りを見ていると涙が出そうになった。
悔しさから来ているのか、うらやましさから来ているのか、よく分からないが、とりあえず泣きそうになった。



●“アニメ監督神山”
 アニメ監督になることを決して諦めなかった神山。
 その頃の想いを精霊の守り人の主人公、バルサに重ねている。
  神山「バルサというキャラクターについてね、話し合った中で、『まぁ、泥臭いキャラなんです。』という言葉があってね。」
    「その泥臭いっていう事と、僕のね…諦めの悪さっていうかね、その部分が共通するところなのかなっていうか。」
    「頑張り続ければ、案外…なんとかなるよ(笑) っていうかね。」
    「超人の話でもないんだよ。っていうかね。…のも、伝わればいいな。って、まぁ思ってますね。」


●40歳の抱負
神山「40歳の抱負ですかぁ…?」
  「…。(お祝いのケーキを、特別に考え込む様子もなく、箸でほおばる)」
  「まぁ…。同じように…。監督はしていたいけどね…。」
  「…。(ケーキをほおばりながら、中空を見つめながら。)」



神山監督が描いたコンテを基に、精霊の守り人第一話の作画作業が始まった。
23人のアニメータの手によって、用心棒バルサの姿が次々描かれていく。



●脚本作り ~複数人での議論でたどり着く真実~
 アニメ「精霊の守り人」は、全26話のうち半分をオリジナルストーリーで構成する。
原作がないため、様々な角度から議論を重ね、独自の脚本を作らなければならない。
この日、話し合われていたのは第7話。用心棒バルサが王子チャグムを連れて、宮から脱出した後の話だ。

追手を逃れて、一息ついたバルサとチャグム。二人に初めて訪れた平和な一日を描く。
事件は何も起きない。
淡々と進む一日を、どう面白くみせるか。
神山と脚本家の腕の見せ所だ。

神山「こういう淡々としたエピソードになるであろう…と…いうのは、章立てが変わるから、まぁいいと思うんだけど。」
  「ちゃんとこう、ヘソになる部分。…を見つけないといけないな…っていう話をしてて。」
  「俺が思ったのは、このマス(?)で描かないといけないなと思ったのは、凄い緊張感を持って、追手から逃れてたのが、本当に安心して暮らせるようになった。となったときに、チャグムがようやくね、あのー狂気の中をね、逃げおおせたんだなと。要は、『ありがとう、バルサ』なんじゃないですかね?」
(聴いた瞬間に、「ヤラレタ」「ああ、そうだ~」という顔をする周りの脚本家。)

神山  「このマスで一番やらないといけないのは。」
脚本家 「ああそうだ…。」
(脚本家はお互い顔を見合わせる。)
神山  「うん…。」
    「この話の…ヘソだね。だから、淡々としてても良いんです。良いし、それがぽ~っと(?)ぽ~っと最後になったときに、チャグムがようやく正気に戻って、『ありがとう。助けてくれてありがとう。』っていう言葉がね、自然に出ればこのお話は勝ちだなって思ってるのね。そこに行きたい。」
(やられたという感じでニヤリと笑いながら、うんうん。とうなずく脚本家。)
脚本家 「なぁるほど。うん。」

脚本家 「どのシチュエーションで、このありがとうを言うかって、どう…どう思います?」
神山  「うん。うん。…この先書いてみないとなんとも言えないんだけど、まだ。まだ。」


物語のゴールは、王子チャグムの「ありがとう」という台詞に決まった。
この一言を目指して話を展開させるため、神山は新たな登場人物を登場させることにした。
バルサの幼なじみのタンダという男性。このタンダという男性によって、バルサとチャグムに気持ちの変化を生じさせようというのだ。
王子を一生守るというバルサに、タンダはどんな言葉をかければ良いのだろうか。


脚本家 「タンダが、なんかバルサに対して、『お前さぁ、本当に大丈夫か?』っていう、それこそ『下手すりゃ、何十年と一緒に過ごして行くかもしれないよね。』っていうようなその、長さを感じさせる、みたいなのはないですかね?」
神山  「むしろね、あの、『急にね、思春期の子の母親になるのと一緒な…わけだろ?』みたいな事を言われた方が、ナマいね。」
脚本家 「なるほど。」
脚本家 「『思春期』っていうのが、なんかこう取って付けたような…」
神山  「世界観に会ってないってことね。」
脚本家 「ただの『母親』だったらビビんねーけど、『思春期』っつったらビビるかな…っていうようなのは…ちょっとしゃらくさい。」
神山  「じゃあ、あのー『かーちゃんになるんだ』っていう事だけで攻めた方が良いか。」
脚本家 「ようは、『一生面倒みれんのかよ。』『そんなのみてやるよ。』と。『腹くくって、この子預かってるんだからさ。』『お母さんってことだよ?』『えっ?親??』みたいな…感じかなぁ、やるなら。」
神山  「そういうことだな。そういうことだな。」

脚本家 「お母さんっていう事言われて、『え?確かにあたしそれ、できんのかな?』っていうなんかそういうことに、一喜一憂してしまう、彼女がこう…かわいい、っていうかね。なんか…(笑)、なんていうんですかね。それが見たいと思んですよね。」
脚本家 「分かる分かる。」
脚本家 「そういう変化が。」


脚本家達は、これまでずっと強気だったバルサが、母親といわれて動揺する姿を描きたいという。
それに対して神山が、異論を唱える。


神山  「ただ、敢えて、今まとまりつつあるのに、さらなる、こう疑問を投げかけるとするならば。」
    「それすらも、覚悟は決まってたという事はないかね?」
    「意外にやっぱりそこは、おかーさんの方が強いんですよ。男よりも明らかにね。ウチの嫁とか見ててもそう思う。全然凄いもん。」
    「娘と二人でおいとかれると、あぁ…」
脚本家 「実の娘だよね?神山さんの。」
神山  「実の娘なのに、居心地悪いわ。」
脚本家 「(失笑)」
神山  「馴染むまでに4時間ぐらいかかるもん。」
脚本家 「(笑)」


神山の実体験から『バルサは初めから母親になる覚悟をしていた』ということになった。
それでは、王子チャグムの方はどんな気持ちでいるのだろうか。
今度は、子供側の視点で考えてみることにした。


脚本家 「例えばなんですけど、そこでタンダに『お母さん、できんのか本当に?』って言われたときに、『うん』って言われた後に、その…その後からは、チャグムの視点の方に振って、『なんでバルサはこれぐらい無口で何も喋らないんだろうか?』っていう、ほんで、チャグムでは、そのバルサの沈黙が、こう不安になるわけですよ。」
神山  「あー…。ちょっと分かったぞ。」
    「こういう事なんじゃない?お袋になることなんだぞと言われて、『あぁ、なるほどね。そうか。』と思いつつ、『いやいや、良いんだよ別に。もう決めたんだからさ。』と。そしたら無口になるバルサを見ていて、チャグムの中で、ぽわんぽわんぽわんと、「ほえぇえ?」みたいなね(笑) 妙な不安が…宿る…というのも。そういう視点というのもアリだよね。確かに。」
    「で、チャグムは『僕は他人だし…、僕が居なくなった方がいいんじゃないか。』とチャグム的には、勝手に思っている。と。」
(満足そうに笑みを浮かべる脚本家達)
    「で、『一人で生きていこう』と。」
脚本家 「あははは(笑)」
神山  「どっかのタイミングで『実は、僕、思っていたんですが、一人で生きていこうと思っています。』みたいな(笑)」
脚本家 「あっはっはっは(笑)」
神山  「『はぁ~???』みたいな(笑)」
(あ、そうか~という気持ちと共に笑う脚本家達)
神山  「という事になり~、お互い想いあってる事は前提にあるのに、あの、考え込みすぎて、」
脚本家 「そうですね。」
神山  「『出てった方が、良いのではないか?』みたいな事を、思ってしまった。で、こっちからすれば、『思わせて悪かったね』と。『そんな事は思ってないんだよ。』と。チャグムを安心させたら、チャグムが心からそれに、『ありがとう』を言う。という話なんだよね。やっぱり。」
--------------------------------------------------------
 神山が何かを発言するたびに、周りの脚本家達全員が「やられた」という顔になる。それもあまりに完璧なので、笑いすら浮かぶほどだ。
そんな様子を見ていると「本当にこんな人と仕事がしてみたい」と強く思った。こんな神山監督と一緒に仕事ができる人達を本当に羨ましいと思った。

 “やっぱり”という発言は、登場人物や設定が物語を作っているという意識から来ているのではないか。
人間は、自分が想像していた事が正しかった時に「やっぱり」という言葉を使う。「やっぱりそうだったか。」「やっぱり思っていた通りだ。」などだ。これは、自分が想像していた事が“正しかった時”に使われる。つまり、真実にたどり着いた時に使われる言葉なのだ。
 これを物語のストーリーを考えている時に当てはめれば、探していたストーリーが、真実と一致したときに使われる事になる。
つまり、物語には最初からストーリーが存在しており、打ち合わせをしていく中で、その真実のストーリーに一致したと感じているのではないかと思うのだ。



●完成したストーリー
精霊の守り人、第7話。オリジナルストーリーが完成した。
平和なひと時を過ごす3人。バルサに、タンダが耳打ちする。
「なぁ、お前これから、ウマくやっていけるのか?」
「一生面倒みるってことは、母親になるようなモンだろ?」
あっけらかんと答えるバルサ。
「そういやーそうだね。」
会話を聞く、王子チャグム。
何かを思っている様子だ。
一日が過ぎ、夕食を食べる三人。チャグムは食が進みません。
「チャグム。あんたどっか具合でも悪いのかい?」
「二人に話があるのだ。」
チャグムをみるバルサとタンダ。。
「今まで世話になった。恩義は一生忘れぬ。余は一人で生きていこうと決めた。」
唖然とする二人。
顔を見合わせて笑い出す。
「様子が変だと思ったら、そんな事を考えていたのかい。」
「バカだねぇ。お前はずっと、ここにいて良いんだよ。」
チャグムの眼の端に光るものがうまれる。
その夜、布団に入ったバルサとチャグム。
なかなか眠れないチャグムは、バルサの方を見て、そっとつぶやきます。
「ありがとう。バルサ。」


神山「急に訪れた平穏な日々に、なんとなくふわふわ、もじもじするっていう話だったのが、ちゃんと心の葛藤という意味で、こう割と太いドラマも、できて、そんなにこう、ふわっとした日常を積み重ねて、『かわいい話だったね』ではなくて、意外に生きていくっていう事に対して、こうガッツリね?(笑)、踏み込んだ話には、割と骨太な話にはなってると思いますよ?うんうん。」
  「やっぱり、一人の人間でね、だけが根をつめて書いてても、獲得できない、大勢でやっぱりそれを、もう一回揉み直すっていう事の良さっていうのは、やっぱりそこにあるなと、いうふうには思いますね。」



●取材や過去の神山から見る、監督神山健治
2006年6月末、神山は久しぶりに外出した。
脚本家達を連れて、作品の参考になる風景を見に行く。目的地は神山の出身地、埼玉県秩父市。
王子チャグムが作品の中で上る巨大な岩山のイメージにあう場所を探す一行。ぴったりの場所を知っていると神山が案内したのは、想像以上に険しい場所だった。

神山「ないでしょ?ありえないでしょ?」
(崖に近づく神山)
神山「うわ。やべー。怖いわ。久しぶりに俺も見て。」
  「まさか、アニメのロケでこんな場所とは思わなかったでしょ?」
  「大冒険だよ?しかも夜だよ。しかも、チャグム一人で。」
脚本家 「チャグム死んじゃいますね(笑)」

作品の中で重要な位置を占めるのが川辺のシーン。
バルサが川に落ちた王子チャグムを助け、二人は初めて出会う。
神山の故郷をヒントに、物語の出発点となる風景が描かれた。
神山の実家は、洋服のリフォームなどを請け負う、洋裁屋を営んでいる。
神山は3人兄弟の次男。小さい頃は店の中がお気に入りの遊び場だった。

(四角い磁石や丸い磁石、大きなものや小さなもの、色々な磁石がひっついて人の形になっているものを見つけるリポータ)
リポータ「この磁石は?」
神山  「なんだろうね。あのー、色々、なんかこう発想してたんだと思いますよ?カタチを組み合わせたりして。」
    「別にそれで絵を描くわけじゃないんだけど、こういう造形にしたら楽しいかな、とかね。」
    「んー、やっぱ。そんな事をしてましたね。」
リポータ「じゃあロボット風に…」
神山  「なったりとかね。うん。だったとおもう。」


アニメを作りたいと思っていた中学時代。当時は、今の姿から想像できないほどおとなしいタイプだったそうだ。

神山  「ずっとちっちゃかったんですよ。うーん。中学も結構苦労してたね…。なんか、色々おっつかなくて。普通に皆ができるような事が、なんかおっつかなくてね。」
    「うーん、なんか体力的にも…とかね。勉強もだと思うね。なんだかおっつかないんですよ。体がついてかない。うんうん。」
リポータ「ずいぶん変わったんですね?」
神山  「変わった…とは思うね。やりたい事を実現する為には、その自分でやらないといけないな。っていうかね。それはね。凄くそう思ってたね。」



●『他人の為に懸命に頑張ること』 ~神山の仕事と精霊の守り人の共通テーマ~
秩父の宿で脚本合宿が始まった。神山はこの夜、アニメで一番描きたい事を話そうとしていた。
シリーズ終盤で登場する、バルサの育ての親ジグロというキャラクター。剣の道を究め、国の実力者だったジグロは、その立場を投げ打って、身寄りがなかったバルサを引き取り、命がけで育ててくれた。
一生を懸けて王子を守ろうとするバルサとその育ての親ジグロ。神山は二人を通して、作品のテーマを浮かび上がらせようとしていた。


神山  「ジグロはね、一体なぜ、ひとつも特になんないことを、やったのかっていう答えなんですよ。それをここは獲得できれば良いかなと思ってるんだよね。凄く明確な答えを出したい。アニメ版なりの。」

神山  「よくスポーツ選手の話をするんだけど、自分のために最初はやってるんですよ。スポーツ選手にしても、剣豪にしてもね。自分のために剣の道を究めるっていうことをやり続けてるんだと思うんですよ。で、おそらく、その道を究めんとしていた…。ジグロは…。だけれども、ある時期から、自分のためだけでは、そのモチベーションが続かなくなることを知ったんだと思うんですよ。ジグロは。だからそれは、人のために振るうことでモチベーションが続くのだということを知ったの。絶対。だから、全てはそれは、他者の為、自分の為だけではない、っていうところに帰結していくんだと思う。この話は。」
脚本家 「どうしてもね、僕やっぱりね、説教臭くなるような気ぃするし、それだけで話終わっちゃう気もするし、なんかだから、この辺はホントまだ分かんないと思うんですけど…。」
脚本家 「ストーリーが始まると説教臭くなるっていうのは僕も思う。」
神山  「それをね…。説教臭くないカタチで。」
脚本家 「皆が一人の為で…。そのモチベーションが全部成立したら超ハッピーみたいなね。」(※NHKの編集ミス?発言ミス?意味が少し繋がりにくい)
神山  「そう…だね…。」
神山  「うーん…。ここがね…。この物語の結構肝になるところだと思うなぁ。自分でもたぶん一番やりたいところはココのような気がするんだよね…。」
(中空を真剣なまなざしで見つめる神山)
(真剣な顔でうなずく脚本家達)



(画面に映し出される「ジグロ(前編)他人のためにこんなバカなことをした男もいたのだ。という事例」という殴り書きされた白い紙。一枚一枚が、アニメの一話一話を表したものになっていて、それを全て地面に並べているようだった。)
この夜、ジグロの物語を組み込んでシリーズ26話、全ての構成が完成した。
神山がこの作品で一番描きたいという「他人のために懸命に頑張ること」。これは、スタッフと対話してアニメを作る時間の中で、神山自身に芽生え始めた想いでもある。


神山  「うーん、自分の状況…をこう、鑑みたりして、振り返ってみたりしたときに、自分のためだけだと、こんな苦しいことは続けられないなぁと思ったりしたんですよね。この作品作ってるスタッフ…100人を超えると思うんですよ。携わってる人達がね。」
    「なんだろうね。まぁ、義務感っていうと窮屈っぽいけど、義務感みたいなものも、頑張れるモチベーションにはなってますよ。」
    「そこがね、やっぱ100人ものスタッフでやるアニメーションの最大の面白さでもあると思ってるんですよ。僕は。うん。でなかったら大勢でやる意味ないしね。うーん、まぁ、そういう事が楽しくなるような、人間だったかなぁって自分では思うけど、昔を振り返ると。うーん。そういうのがやだった、んですよ。どっちかっていうと。はしゃいでる人達の後ろについて、自分もはしゃいでられれば良いかなっていう、タイプだったはずなんですよね。やってみたら凄く楽しかった、っていうか楽しいんですよ。むしろ、やじゃない。そういう気はしてますね。」
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 何かを追求している人と言われると自分はすぐにイチローを思い出す。
「何かを究めようとする時、自分の為だけでは限界が来る」これが、今回の神山監督の思想だ。
しかし、自分は、それについてはまだ疑問を持っている。「多くの人は、何かを究めようとしても、自分の為だけでは限界が来る。しかし、一部の人は本当に自分の為だけに、もっと言うならば『究めるという行為の為に究めることができるのではないか』」というのが自分の現在の考え方だ。今後人生を歩んでいくうちに変わってくるかもしれないが。

 「他人の為にしか頑張れない」という思想は、自分が研修で提案した「片付けゲーム」と同じ思想で驚いた。
他人の為に頑張る時に産まれる、特有のエネルギーに着目した視点に似たものを感じた。

 複数人のスタッフと対話を重ねながら脚本を製作するというのは非常に面白いと感じた。
神山の言葉「やっぱり、一人の人間でね、だけが根をつめて書いてても、獲得できない、大勢でやっぱりそれを、もう一回揉み直すっていう事の良さっていうのは、やっぱりそこにあるなと、いうふうには思いますね。」というのは本当にその通りだと思う。
ゲームのシナリオや設定の打ち合わせもきっとこのように行われているのだろなと想像した。
神山監督のような魅力的な人とこういった仕事をしたいと強く感じた。




アニメ監督、神山健治40歳。対話を重ね、物語に命を吹き込む日々が続く。
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 神山監督が40歳と聞いて、救われた気がした。
神山監督は見た目が若い。攻殻機動隊のアニメの頃に比べると髪の毛が薄くなった感じはあるが、まだまだ30台に見える。
最初は32、3歳かと思った。こんな32、3歳にはマジで敵わないなと思った。
しかし、40歳ならまだなんとかなるかもしれない。そんな意味で救われた気がした。
 単なる尊敬だけで終わらせたくない、そういう意味で神山監督も、ムカツク有名人だ。
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2007年4月からゲーム業界の大手某社で働き始めた管理人 ねこきき が日々思うことの記録。業界に対する話や最先端技術的の話、プログラム話などをダラダラと書いています。

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