ふしぎなはなし
透明な物質を初めて生み出した人にノーベル賞をあげたい者です。
時の流れには、なんびとたりとも抗うことはできない。
時という濁流は、生命をもつ全てのものを押し流し、そこに留まることを許さない。
今、この瞬間文字を打っていても時間は過ぎていく。
今、この瞬間文字を打たなくても時間は過ぎていく。
どんな行動をしようと、時間の流れから逃れることはできない。
私が会社へ向かうとする。会社まで電車を乗り継いで40分。
40分後の私は、会社で仕事をしているはずだ。
ここで、見方を変えてみる。
「40分後の私」を考えれば、会社で仕事をしており、それは当たり前だ。
では、「会社にいる私」という基準で考えればどうか。
今、この瞬間、会社に向かっている私は、ココにいる。
会社までは40分かかる。瞬間移動はできない。
すなわち、会社にいる私は、常に今より40分未来の私になる。
ココの私は今の瞬間の私だが、会社の私は常に40分未来の私なのだ。
こうかんがえると何か不思議な気持ちがしてくるのは私だけだろうか。
もっとスケールの大きな話で考えたほうが、わかりやすいかもしれない。
土星探査船の話がある。
地球から土星まで行くには、現在は“7年”かかるそうだ。
土星を調査する船を打ち上げても、調査を開始するまでに7年かかる。
地球で最先端の技術が開発される。それを土星探査に応用したいと思う。
しかし、それが実践で使われるのは常に7年後なのだ。
土星で最先端の技術を使うことは、絶対にできない。
土星探査は常に、地球より7年遅れた技術でしか行うことができないのだ。
普段私たちは、様々なことを時間軸で考えている。
それらを「座標軸で考えてみる」というのが、今回のお話。
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