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きょういくじっしゅうさいしゅうび 2 -- 今後実習へ挑む人達へ

20060629034605.jpg



 「きょういくじっしゅうさいしゅうび 1」に書いたように授業は
酷いモノのまま終わってしまった私ですが、生徒指導は一生懸命
やったし、ある程度上手くいったのではないかと思っています。
 写真は生徒からもらった色紙と感想文。

生徒に対して伝えた話は次の3つ。

・『かっこつけ』の話
・『可能性の木』の話
・『夢』の話。


 『かっこつけ』の話とは、”プライドを持って行動しろ”
”自分の中に基準を持て”という話。
「誰かが困っていたら手を貸す」「友達がおかしい事をしていても
自分がおかしいと思ったら加わらない」などという行動を
”自分が格好を付ける為にする”という事です。
「先生に怒られるから」「誰かに見られているから」など
他人に理由を求めると、その他人がいない所では悪いことでも
やってしまう事になります。ところが”自分の為”であれば
周りに友達が居ようが、誰も見て居なかろうが、出来るはずです。
そこで、私は「かっこつけろ」と言い続けてきました。
 そして、”その「かっこつけ」が上手く出来たときは、自分を
褒めろ。自分を好きになれ。そうすれば、もっと
「かっこつけ」たくなるから”と言い続けてきました。
 普段の生活では「格好ばっかり気にしやがって」「ええ格好しぃ」
など”格好をつける”という事はあまり良い印象はありませんし
ましてや「かっこうをつけろ」などと言う先生は居ないでしょう。
そこへ私が「かっこつけろ」と言い出したので、子供達には
衝撃的に伝わったようです。
 事実、この話をして以来、今までは協力しなかった教室掃除を
積極的に手伝ってくれるようになりました。


 『可能性の木』とは、人生における可能性の話。
 人間は生まれて直ぐの赤ちゃんなら、宇宙飛行士にもなれるし、
もしかしたらアメリカ大統領にもなれるかもしれない。しかし
70歳、80歳のおじいちゃんが宇宙飛行士になるのはかなり難しい。
それは、人生における『可能性の木』の話なんだ。
生まれて直ぐの赤ちゃんは可能性の木の根っこに居るから、
どこへでも伸びていける。可能性の木の端っこにいるおじいさんは、
他の端っこにある宇宙飛行士になるのは難しい。
君達はまだ可能性の木の下の方にいるから、何にだってなれる
可能性がある。
 そして、人間は生きていく上で、可能性の木をいろんな方向に
伸ばしていく。でもそのとき、反対方向に伸びていく枝を切り落として
進んでる。何かの可能性が増える反対側では、別の何かの可能性を
失っている。だからその失った可能性というモノをしっかりと
認識しないといけない。そして失った可能性を無駄にしない為にも
今選んだ可能性の枝を最大限伸ばす努力をしないといけない。
という話をしました。


 『夢』の話とは、夢とは何か。という話。
”夢=将来したい事、将来なりたい職業だ”という話。
そして、夢がない人は、”自分が一番好きなもの、自分が時間を
忘れて取り組める事”が何かを考えて見るといい。それを自分の夢に
して良いんだ。という話。
 さらに、自分は大学で「自分は先生になりたい。生徒にしてあげたい
話がこの大学で一番多いのは自分だ。」と自信をもって言える。
夢を持っているだけじゃダメ。「自分がどんな夢を持っているか。
自分がその夢に向かって学校で一番努力をしている。」と友達に言える。それぐらいになって初めて自分の夢が実現する可能性が
でてくるんだ。
 だから、”自分がどんな夢を持っているかを友達に言えるように。
自分が学校で一番だと友達に胸を張って言えるようになれ。
そうすればきっと夢は実現できる。”という話をしてきました。

 最終日の最後の挨拶で、不覚にも自分から先に泣いちゃいました。
その所為で(?)生徒達は泣くタイミングを失っちゃった感じ。
結局もらい泣きしてくれた生徒が、2,3人はいたようですが…。
もっといっぱい泣いて欲しかったけど(不謹慎?)仕方ないかな(笑)
 素直な生徒が多いクラス、親切な先生方ばかりの環境と
本当に恵まれた実習でした。
自分の話で生徒の行動が変わった瞬間に遭遇した時には「これが
教師の喜びか!」と体が震えるほど感動しました。
 自分は教師にならずゲームプログラマーになるという道を
選ぶわけですが、この貴重な経験をどこかに生かしていければ
と思っています。本当に素晴らしい経験をありがとう!
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きょういくじっしゅうさいしゅうび 1 -- 今後実習へ挑む人達へ



 先週末で教育実習は終了したので、実際の日付とはズレが
ありますが、忙しかったので今日になってしまいました。
色々と全体を通しての反省を述べているので、これから実習へ
行かれる方は私の屍を越えて、よりよい実習をしていただければ
幸いです。
 写真は最終日の記念撮影前に、生徒がみんなで書いてくれた黒板。

 教育実習最終日。
最後の授業が2つと最後の学活がありました。
最後の授業の一つ目は、予定していた板書計画と授業の
進度がズレていてグダグダに。前もって黒板を4つに分ける
線を引いたんですが、それの意味がなくなるという悲惨な
結果に。
 それと問題番号を

 (1)
 (2)
 (3)

と並べて書いて生徒に同時に解かせたんですが「私はそんな
方法でやらせていたか?」とお叱りをいただくことに。

 (1)      (2)      (3)

とすれば生徒は同時に書きやすい。当たり前のことですが
気づきませんでした…。
 まぁそんなこんなで最後まで叱られっぱなしで教育実習を
終えることになりました。



 教育実習全般を振り返っての反省。

・自分流をどこまで出して良いのかわからなかった→相談
・どの程度深く教えて良いのかわからなかった→相談
・どの程度知っているのかわからなかった→相談

と事前に相談すれば解決できていた疑問を解決しないまま授業に
臨んでしまい、授業中に困ってしまった。授業の前日には絶対
翌日の授業内容・計画についてしっかりと相談しなければ
いけませんでした。実習途中で「そんなに毎回感想を聞きに
くるな」と言われたので、それを”相談しに来るな”と勘違い
してしまったのが大きな間違いだったかもしれません。


・個々に関する知識がある≠全体の流れがある
・自分の中にゆるぎない流れを持てなかった
・生徒のノートを考えた板書づくりができていなかった

以上の反省のように授業の流れに関する対策が甘かった。
個々の知識がなまじあるだけに、全体の流れもできるだろうと
いう奢りがあった。
事前に自分の中でゆるぎない流れを持っていないにも関わらず、
生徒の発言などを拾おうとする為、授業全体の流れが
グチャグチャになっていた。
自分の為の板書になっていて、「生徒がどのようなノートを作るか」
という事まで考えられていなかった。


・自分が分かる≠教える事ができる
・個人に教えることができる≠全体に教えることができる
・生徒にとっては毎回が一回きりの授業

今まで自分は他人に教えることが得意だと思ってきたけれど
”他人に教えることが得意=授業が上手くできる ではない”
という事を痛感しました。
授業は複数人に対して行うので、その流れが乱れると修正する
ことは容易ではありません。その場で思いついた教えかたを
即座に組み込むことも容易ではありません。そういう点で
個人に教えるのとは全く異質の物でした。
また生徒にとっては毎回が一回きりの授業であり、それを踏まえて
もっともっともっと準備をした授業をしてやらなければ
いけなかったと深く反省しています。

きょういくじっしゅうじゅういちにちめ

 今日は徹夜しても間に合わないぐらいやらないといけない
事に追われているので簡潔に。

 今週で実習も最終週ということで仕上げの時期に入った
わけですが、そんな中で最悪の授業をしてしまいました。
生徒の中で宿題に対して「難しかった」「分からなかった」
という声が聞こえたので、そこから学びに発展させてやりたい
と思い解説を始めました。中学生の問題ぐらいと高を括っていた
のですが、実際に解説をしようとしてみると意外と難しい。
「a×bもa-bも負の数のとき、bは正の数か負の数か0かを答える
問題」でした。みなさんは分かりますか??(答えは明日?)
その高い難易度に戸惑いながら、その場で考えながら説明を
してしまったのでグダグダに…。しかも時間は50分授業の
35分ぐらいをそこに使う事になってしまいました。
残りの15分で、本来説明すべきところを説明しましたが
時間が足りるわけもなく途中で終了。しかも、以前誤りを
指摘された部分があったのですが、そこをさらに誤って
理解していた為に全く直っていない部分がありました。
 授業終了後に手厳しい評価をいただくことになりました…。
『授業の平等について』…「(今日のように多くの時間が
かかってしまう)他のクラスでできない時間の使い方は
不平等が生じるのでしない。」
『正しい知識を伝える事について』…「子供達に正しい
知識を伝えることは非常に重要。自分だけで正しいことの
確認ができないのであれば、指導教諭に確認する。」
という事でした。

 教育実習終了を目前にして、このような評価をいただく
ことになり、あまりの不甲斐なさに悔し涙を流しましたよ…。
この失敗をクヨクヨしてる暇もないので、反省を次に生かす
事を第一に、気持ちを切り替えて頑張ります!

きょういくじっしゅうようかめ

 今日は早退しました。
 つっても、5時が退校時刻の5時20分ごろですが。
なんだか、イライラしてて何もできる気がしなかったのと
授業計画の為の資料がそこになかったので…。
帰りにハーゲンダッツとかみたらしだんごとか色々やけ食い用に
買って帰りました。1000円弱も(笑)
まぁ、母親の誕生日でケーキとかがあったので、ほとんど
食べませんでしたが。
やっぱり疲れたときにはハーゲンダッツですよね!

 昨日は忙しくて日記がかけなかったんですが、もうあんまり
覚えていないので今日の話を。
 今日指導されたのは「時間について」。授業をやってると
どうしても「あとちょっとだけ」ってところが出てきてしまって
チャイムが鳴ってからも授業を続けちゃうんですよね。
大学ではそんなの当たり前なので、ついそういう展開になって
しまったんですが「時間に対する意識が低すぎる」と言われて
しまいました。
 実は教育実習を始めるにあたっての初集合の会をすっぽかして
しまったのですが(死)その事を引き合いに出されて、何も
変わっていないと言われてしまいました…。授業の進め方と
すっぽかしちゃった事は全く関係ないとは思うのですが
こちらがトンでもない事をしちゃった以上、平謝りでした。
 二つ目の授業はかなり時間を意識して、時間内に終わらせる
ことができたので…まぁ合格でしょうか。

 それからもう一つは道徳の授業。内容は次の通り。
「小学生の頃、主人公のるみ子は知的障害を持つ友達、加代に
鶴の折り方を教えるなどして、仲良くしていた。ところが
中学に入り、会話が合わなくなり、あまり遊ばなくなった。
廊下で話しかけてきても笑顔で返せなくなった。そんなときるみ子が
骨折をして入院する。他の友達は見舞いに来て、色々持ってきて
くれるものの、自分達の話をするだけで帰ってしまう。そんな中
加代が来て、他の友達が居るにも関わらず駆け寄って足に擦り寄る
ようにして『足、痛くない?痛くない?足』と心配してくれる。
他の友達を意識して戸惑いながら『うん』と答えると、袋いっぱいの
鶴を渡してくれた。そしてそのまま帰っていった。その鶴は
折り直しの後が一杯ついた綺麗とは言えないものだった。
それを見てその場にいた友達はくすくす笑った。しかしるみ子は
大事に鶴を抱きしめた。そして『加代ちゃんはね…』と友達に
加代の事を話し始めた。」
という内容でした。これを通しての指導目標として私は
「障害があろうとなかろうと、その人の良さには関係ない」
ということに気づいてもらう事を掲げました。
 文章のどこにも障害者だという具体的な記述はなく、その他の
記述は「紙の端を合わせられない」「言葉が幼稚」「中学に入って
から話が合わなくなり、廊下で話しかけられても笑顔で返すことが
できなくなった」「周りに気が回らない」など、それっぽい事
ではあるものの、断定するほどの内容ではありませんでした。
その為、ここから「障害者だ」という結論が出てきたら、それは
偏見じゃないか。と問いただし、否定する方向で話を進め
純粋に障害者ではないという観点で、加代の長所を探させます。
その後で、実は加代が障害者であるという事を伝えます。
障害者であるという情報を知った上で、加代についてもう一度
考えさせ、加代の長所が変わらないことに気づき、障害の有無に
関わらず、長所を認められるようになる。という流れで組み立て
実行しました。
 しかしながら前半に時間をとられてしまい、肝心の最後の
部分に十分な時間を割くことができず、こちらで強引にまとめて
しまうような形になってしまいました。
 先生からも、せっかく生徒が乗っていたのに、生徒に意見を
出させなかったのが残念だった。というお話をいただきました。
朝の時間に関する指導があった為、時間を優先した指導を行ったのが
原因ですが、根本的な原因はやはり前半のコントロールがしっかりと
できなかった事だと思います。今後はリアルタイムで時間を
調整できるような授業を展開できればと思います。

 一つだけショックなお話も。
なんでも「数学がつまらない。前の○○先生の方が良かった」
と書いていた生徒がいたそうです。その生徒は授業中に全員が
手を上げるシーンでも手を上げないし、隣に行って個別指導を
しても、全くうんともすんとも言わない女の子です。
先生に相談したところ、そういう性格だ。と言われ、今後も
ずっと指導していくのであれば深く関わっても良いが、責任を
持てないのであれば、それなりの対応をするしかない。という
お話でした。実習生である以上、やはり期限付きの教師ですから
過剰な関わりはできません。しかし、そういう生徒に対しても
心を開いて貰えるような指導をしたいというのが本当の気持ち…。
雑談を通してでも、徐々に心を開いて貰えると良いのですが。

きょういくじっしゅうむいかめ

 今日で教育実習も六日目でした。いよいよ二週目に突入です。

 今日の授業は、前回「つまらなかった」とズバリ言われてしまったので
もう少し入りやすいように、『口調の変更』『ちょっと無駄話を入れる』
という事を試してみました。生徒の食いつきは上々で、前回よりは
授業に入ってきてくれたように感じました。無駄話というのは
夜中にやってるテレビの通販番組の話で、包丁の宣伝なのに電線を
持ち出して切り出したり、最後にはまな板まで切っちゃう。という
ような話をし、「そこでは包丁を売り出してたけれども、先生は今日は
分配法則を売り出している。みんなは数式をズバズバ切ってくれ」
というような話をしながら進めました。
 しかし、口調に関しては授業後に指導が…。「校長先生や教頭先生、
他の先生方が見にこられた授業の中で同じような口調で授業が
できるか?」と指摘されました。これだけであれば、「できます。」
と答えることも可能なぐらい、自信を持ってやっていた行動では
あったのですが…「生徒に真剣に考えさせるには真剣な口調で話す
事が必要だ。」と言われてしまうと何も反論できませんでした。
実際、仲の良い授業は悪いものではありませんが、それが行き過ぎると
「なにをやっても許される授業」になってしまい、生徒が「自分で
考えなくてもなんとかしてくれるだろう。」という甘えを生んでしまう
可能性があるという事なのでしょう。指導していただいている先生が、
生徒と親しくされる先生であったので、そのようなことが出来ないかと
自分なりにやってみたのですが、「私も生徒に対して親しい口調で
話す事もあるが教える部分、真剣に考えさせる部分では、真剣に
話すように意識して話をしている」という事でした。やはり表面だけを
真似てもダメですね…。その先生の裏側や想いを知ってこそ、その先生の
いいところを真似できるのでしょう。
 明日はもう少し口調に気をつけながら、楽しい授業にできるように
頑張ります!

 他に指摘があったのは”全体に問いかけて、その場で答えを
求める展開の時”の事。一つ一つ手を上げて答えてもらうと時間が
なくなってしまうので、問いかけ→声を出して返答 というのを
使ったりするのですが、「そのときに答えてくれるのは大抵できる生徒
なので、その生徒達とキャッチボールだけをして授業を進めてしまうと
”落ちこぼし”の生徒が出てきてしまうよ」という指摘でした。
 今後は、弱い生徒をきちんと把握し、その生徒を意識した授業を
展開できればと考えています。
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2007年4月からゲーム業界の大手某社で働き始めた管理人 ねこきき が日々思うことの記録。業界に対する話や最先端技術的の話、プログラム話などをダラダラと書いています。

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